幸せになりたい、幸せになる方法。

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 幸せになりたい、と言う人はかなり多い、というか、ほとんどの人でしょう。
そして、占いや方術を嗜む僕にはそういった方が相談に来たり、よく集まったりします。
別に新興宗教をしているわけではありませんし、僕自体は、人の持つ運という不思議な物を研究している端くれですので、協力できることはします。

 長年、そういう物に携わってきて、また自分自身もそういう渦中にいて、ふと気がついたことがありました。

 風水や護符、魔術に魔法、占い各種。色々本当にありますよね、他にも手帳術から始まり、もはや新興宗教まで。幸せになりたい、それは尽きない願いです。

 でも、そういうのに凄く凝っていて、凄く詳しくて、凄くたくさんされている方で、幸せな方って本当に極々一部と思います。

 時々効く、でもいつの間にか元に戻っていたり、いつの間にかもっと違う不幸の渦中にいて…なんて話になっていませんでしょうか。

 別に僕は批判するつもりもありませんし、それこそマジの悪魔と契約までして幸せになることに、なんとも思いません。でも、色んなことして、何度もして、どうして僕たちは幸せになれないのでしょうか。

 僕は長いこと、暗い中にいました。別に誰かが悪いわけでもない、簡単に言ってしまえば、
「名実ともに運が悪かった」
のです。
そのおかげで、運に関しては、多分、人一番敏感で鋭敏な感覚を持つことになったと思います。別に不幸自慢をしたいわけではありません。
今では、そういうものから離れつつあり、本当に自分に必要な物に集中するようになりました。

不幸ではありません、でも、幸せでもない。
これが僕にとっての幸せなのかもしれませんが。

結論から言いますと、

「幸せになりたかったら、幸せになろうとすることを止めてしまいなさい」

ということです。
この先を読まない人は、この意味がわからないでしょうし、結局、何を言っているのか、幸せになろうとすることに何のケチをつけるのかっていう程度で終わってしまい、本当はどういうことなのか、わからないままでしょう。

別に僕は何か偉そうにしたいわけではありません。

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、

という言葉があるように、まずは幸せになることを止めてしまった方が本来の自分の姿に戻ることが出来ると言うことなのです。

あまりに不幸にとらわれ、あまりに幸せを追求するあまり、
自分にとって何か必要なのか、まったく分からなくなっていると思います。

こう言ってはなんですけど、色んな不幸を見てきました。中には本当に気の毒だな、と思う事もあり、一概には言えないこともたくさんありますが、精神的に病んでいる方の中には、

「なんとしてでも自分の願望を叶えたい、それが出来ないのは不幸なんだ」

という

願望達成=幸せ
そうでなければ不幸

という言っちゃ悪いけど、

辛いこと嫌い、気持ちいいこと好き、自分の思いが通らなければ不幸

みたいな感じなのです。別にそれが悪いかって言われれば、悪くはない。
だけど、それでは幸せにはなれないですね。って言う。

僕が長い長い昏いトンネルを抜けるきっかけになったのは、幸せを諦めることでした。自分が望む物が手に入らない、どんなに頑張っても、どうにもならない、そんな貴方に言いたい。

「運命を全うしない限り、その人生に自由や幸せはこない」

つまり、ある一定の人たちは幸せになるためには、お金とかを支払うのではなく、自分の人生、命を払う必要があるのです。これを命運と言います。
しかもそれは、先払いなのです。
その支払う代価の大きさは人によって違います。ある人は環境だったり、ある人は人だったり、ある人は地位だったりします。

例えば、

将来を社長になることが決まっている子供が、芸術家を目指しても、周りは反対するし、お金はあっても自分のためには使えないし、言うこと聞けって言われて、ちっとも芸術の勉強はできないし、嫌いな経営の勉強ばかりさせられて、自分の将来なんて自分で決められないし、僕は好きでこうなったんじゃないのに、ちっとも抜け出すことが出来ない。

みたいな感じです。

こう言うような人が、幸せになるためには、

1.芸術を諦める
2.環境を受け入れる
3.自分の将来に自由がないことを自覚する
4.その未来のために嫌な勉強をする
5.自分より周りに喜んでもらう、自分の全てを諦める
6.自分が思い通りにならない不幸を背負っていて、そこから抜け出すことはできないと自覚する

こんな感じでしょうか。

もちろん、
1.芸術を極めるために、家を捨てる
2.環境を無理矢理変えてしまう
3.自分の将来は自分の物だから、自分の思うようにする
4.嫌な未来のためには勉強は断固として拒否する
5.自分の喜びが先で、自分の望みをできる限りかなえようとする
6.自分が思い通りならないことを知って、そこから抜けだそうと頑張る

上の話って、書いていて思ったのですが、当たり前にみんなしていることなんですよね。若干の違いがあれど、

「これが不幸を抜ける道」

って信じているのではないでしょうか。
もちろん、例え話なので、私は芸術関係ないっていう人もいるでしょうが、そういう方は自分のシチュエーションに当てはまる物に置き換えてください。

確かに、これを努力してなんとか出来る人もいることでしょう。
でも、僕は色々な努力を長年してこられた方で、これらの努力は実は自分をどんどん不幸にしているのでは無いかと思うのです。
この世界には、間違いなく役目を負って生まれてきている人が多いのです。
バースプランとも呼ばれる物でしょうが、あくまでこの世界の道具として生を受けている人もいます。
そういう人が、その役目とは違う幸せの本懐を果たすことが出来るのでしょうか、という話です。
もちろん、この世界の道具、なんて言うと、なんやら壮大な話になってきそうですが、そんなことはないのです。例えば、自分の家族のカルマを解消するため、自分が住んでいる土地の役割を終わらせるため、自分以外のなにかの役に立つため、というとても小規模な話もあります。だから、とても分かりづらいし、近しい物だから、余計に感情的に辛い。

貴方が辛い、と感じる環境や人というのは、貴方に良かれ悪しかれとても大きな影響受けています。もちろん降りかかる火の粉もありますから甘んじて受ける必要は無い。
でも、もしかしたら、貴方の大事な役目に、貴方の凄く近い物があるかもしれない、それに人生を費やすのが貴方の運命なのかもしれない。
そういうことは往々にして、辛い物です。
そして生理的に受け入れられない物です。

今ではあまり読まれなくなった、「メーテルリンクの青い鳥」の物語を知っていますか。
大事な物は実は手元にあったという話です。

僕は幸せに為ろうとしている人に言いたいことがある。

幸せになることなんか止めてしまいなさい、そして、今、自分が嫌だと思うこと、逃げたいと思うこと、やりたくないと思うことを何も考えずにやってみなさい。
幸せなんか、ならなくてもいい。
幸せよりも自分の役目を果たしなさい。

全部終わってから、自分の人生が始まります。
年を取って、死が間際でも、いや、死んでいても、きっと貴方の人生は素晴らしい物になっているでしょう。

身を捨ててみなさい。