人との付き合いは対等である。公平ではない。

人の立場というのは、仕事においてもプライベートにおいても不条理であり、かつ、不公平だ。
フェア精神というのはあまり日本人にとって馴染みがないが、海外ではことさら叫ばれるものだ。
はっきり断言するが、公平など幻想にすぎない。周りを見渡してもそれはわかるだろう。ルックスや能力をはじめ、立場や権力、権利、義務にしても公平などあり得ない。
そんなものは幻想だ。
人と接するとき、どんな状態でも必ずと言っていいほど、不公平な状態が発生している。よくあるのが、それを逆手に取って相手に無理をしいたり、要求を通そうとしたりすることだ。
それはそれで仕方がないのだが、明らかに相手を尊重をすることを忘れて会話を進めていることが多い。
人と対峙するとき、不公平な状態は認識しなければいけないが、それと同時に、
「相手を対等に扱う」
ということを忘れてはいけない。
立場が上とか下とか、そんなのは愚かな事だ。
また、年齢や経験もいえるかもしれない。
対等とは、自分と同じように大切に話をするということだ。一方的に話をしたり、ごり押ししてはいけないということでもある。とかく、自分がされて嫌だな、負担だな、と思うやり方をしてはいけないと言う事と同時に、相手にも自分と同じように人格があり、意見があるということを忘れてはいけないということだ。
会話の中に、
「な、俺の言う通りだろ?」
という投げかけに対して、
「そうは思わない」
とか、
「自分には別の考えがある」
という人は大事にした方がいい。なぜなら、迎合するよりも、自分の意見を述べる人というのは、自分を対等に扱い、恐れずに違う見方を提供してくれるからだ。
そういう人の意見を聞く事は、すなわち自分の意見を聞いてくれた礼にもなるからだ。
人と接するとき、礼儀正しくしなさい、と言われた事はないだろうか。
礼儀正しく接することは、人を対等に扱うということを、古来の日本人はわかっていたからではないだろうか。

最後に、対等に扱ってもらえるというのは自分にその価値があるからだということを忘れてはいけない。無礼を行い、さらに嘘をついているのに、対等に扱ってくれ、というのは、そもそも根本的にわかっていないのか、間違っているのだ。